こんな夜分にこんばんわん。
大学院に入ってから授業が始まり、教職と情理の科目をとっているせいで鬼のような時間割になって日々授業やらレポートやらに追われている生活ですが、前期も2/3が終わり残すところあと少し。∩(*・∀・*)∩ファイト♪
しかしながら新しい環境というのは刺激になるがしんどいことも多い。愚痴というわけではないが、もっと大学院生なんだからと思うことが多い。大学院なんて自分が研究したい!と思ったはずなんだからもっと自分のやりたいことっていうか興味あることないのか~?って思ってしまう。だから何ってわけでもない。いろんな想いがあって大学院入ってるのに学部と一緒でいいの?って感じ。まぁそうでない人の気持ちもわからんでもないが。
また更に先週から情理の研究室のほうでも新しい研究室メンバーを入れるために研究室公開が行われている。そんで自分も例外なくその人員として駆りだされているわけですが、研究室の魅力を伝えるのって難しいよね。。。てか研究室公開ってどんなスタンスで話をすればよいのかわからない。無理やりでも入れればいいのか、それともその子のやりたいこと聞いて他研究室も含めて進路相談会的なことをすればよいのか。結局何にもしなくても研究室には人が配属されてくるわけだし。
そんでTwitterで研究室公開の情報収集してたら昔の自分のツイートがでてきてびっくりした。
こたけ @shingo014 11年6月14日
最近研究室公開で、院生の人と話すが全員が全員頭悪そうに感じてならない。やはりなんだかんだ理由つけてコミュ障のやつが院生になる説が有力。
我ながら相変わらず生意気で糞ガキであるが、嫌いじゃない。研究室公開する側になってみて思うが、こんなこと影で言われてたらなんにも言えないな。。。汗
研究室公開考えまとめ。
研究室公開について。研究室選びで重要なことは、自分がしたい研究ができる研究室、もし決まっていないならば少しでも興味のある研究を行なっている研究室を選ぶことが重要である。B3は研究室選びを通してそれを見つけることが求められている。
しかしながら、研究室選びは研究だけで判断することは難しい。なぜなら、大学の授業を通して得た知識だけでは研究内容を深く理解することは出来ないからである。例えば、うちの研究室のHPCの分野の研究内容は全くといっていいほど学部の授業では触れられない。クラスタを始め、GPU等の並列化の話は大学院の講義になって初めて出てくる分野である。B3にとって、そのような難しい研究内容を理解しもらおうほうが無謀なのかもしれない。他の研究室でも同様にB3に研究内容を理解してもらうことは難しい。では、研究室公開では何が求められているのか。
まず第一に、B3の人にわかりやすく研究内容を説明すること。次に研究内容に興味を持ってもらえるように工夫することが求められている。なぜなら研究室の存在意義は、研究を行うことで、世の中に貢献することであり、その研究に興味がある人間でなければ良い研究はできないからである。しかしながら、前述したように研究内容をどれだけわかりやすく説明したところでB3の人に研究を理解してもらうことは難しい。だからそれだけでなく、研究の楽しさ面白さを十分に分かってもらうことが重要である。極論を言えば、研究内容を分かってもらえなくても「この研究室の人達なんか楽しそうな研究してんな」と思ってもらうことが重要なのである。そのために、まず自分たちがHPCを心底楽しい面白いと思うことが重要なのである。これは研究室の雰囲気の話ではなく、研究自体の面白さの話。もしB3の方がこのツイートを見たならば、よく考えてみてほしい。イベントや仲良しの友達がどうとかではなく、まずは研究を回ってその研究室の先輩方に「この研究の面白さってなんですか?」とどうか質問してみてほしい。そして他研究室と比較して自分が一番共感できる答えを探してほしい。研究室の雰囲気も確かに重要。自分はその研究室で仲良くやっていけるのか、そこにいる人達は自分にあうのかと不安になる気持ちも分かる。せっかく大学で情報系を学ぶのだからその面白さを分かって貰いたい。同じ研究を面白いと分かり合う同士ならばきっとその仲間たちこそが一生の友になると思う。最後に僕達の想いは、自分たちの研究が本当に面白いと思っているからこそ、B3にはよく考えて研究室選びをしてほしいそれだけ。そしてできればうちの研究室公開にきて、できることならば第一希望の欄に「國枝研」と書いてほしいそれだけです。
(研究室のTwitterから転写)
まぁ研究室公開についてはそんな感じ。
もう特に書くことはないんだけど、なんか最近明らかに学部の時と考え方が変わったと感じている。物事を俯瞰的に見れるようになったのか、割とのほほんとしてる。これが良いのか悪いのかわからないけれど、今までは世の中には絶対的な真理っていうのが存在してそれを追求しつつそれを信念として生きることがかっこいいと思っていた。まぁ今もそう思ってはいるんだけど、疲れてきたのかもしれない。人の世話焼きして自分の意見を通すことが、それをしてもそれが(どれだけ正しい意見だとしても)意見を通すこと本当に良いことなのか確かめる術がない。自己陶酔したいだけならばもっと他の方法がある。もっと人をよく見ることが重要なのかもしれない。自分の意見を通す時って言うのはもちろん自分の意見が正しいと思ってそれがその人のためになると思っているから無理にでも自分の意見をわかってもらおうと四苦八苦するわけであるが、それを身の回りの人間にして回ってもうざいだけなのかも。そんな仲良くない人に「いやなんでお前に偉そうに言われなくちゃいけないだよ」って思われるはず。だからこそ相手の信頼関係が非常に重要で、同じ言葉をかけても相手の捉え方は大きく違う。。。なんてことを思った。でも初見で合った人の言葉でも深く考えられる人間っていうのが素晴らしいと思うわけで自分もそうなりたいって思うし、友達でいてほしいよねっていうのは単なるエゴなのかもな。。。
まぁなんつーか友達のひとはなんかあったら声かけてください。喜んで相談には乗ります。(意味不明)
長くなりましたが終わりますm(_ _)m