情報社会

最近ネットでの社会問題が多い。
ツイッターでカンニングしたとか飲酒運転したとか呟いて捕まる人とかがいるらしい。本当か?と思う反面、まぁそーいう人もいるかもなと思った。
ぼくは、大学で情報系を専攻していることもあり、その辺の情報リテラシーについて人よりは持っていると思っている。
一昔前にも前略プロフというものが高校生の間で流行って個人情報の流出について問題になった。おそらくそんな歴史もあっていまは多くの人が多少個人情報について気を使っているんだろう。
しかしながら、mixiやGREEやFacebookなどのSNSなどでも個人情報を晒してる人も多くいる。個人情報についてはある程度なら、ぼく自身は公開してもいいと思っている。実際公開することによってより楽しくSNSを使うこともできることもあると思うし、個人情報を晒したとしてもリスクをしっかり理解していればそこまで被害というものもないと思う。
きっと本来はそこまで理解した上でSNSというもの利用しなければならない。
そもそもなんでこんなにもSNSが流行ったのだろうか。
 調べてみるとSNSとは、「社会的ネットワークをインターネット上で構築するサービスの事である」とある。なるほど。
 結論から言うと、流行っている理由というのは、現代人は人類史上で一番他者とのコミュニケーションを求めているからだと思う。それはもともと人間が持っていた性質なのか、ネットが普及したことによって根付いた性質なのかはわからないが、一人では寂しいという気持ちはわからんでもない。コミュニケーションを求めているというより、他者に自分の存在を知ってほしいとか自分を認めて欲しいと思っていると言ったほうが正確かもしれない。
 であるからして、テレビなどの一方的なメディアではなく、SNSのような自分で情報を発信できるツールに傾いていったんだろうと納得が行く。
 それと同様に、匿名掲示板の2chやニコニコ動画も同じ理由で流行ったんだろう。人々はおそらく多くの人が想像している以上にコミュニケーショに飢えている。誰しも自分の存在を認めて欲しいと思っている。自分だけでは不安なんだろう。
 もはや昔の人がどのようにして生活していたのかがわからない。それこそテレビとか家族とかゲームとか読書とかで余暇を過ごしていたんだろう。
 今はネットさえあれば人とコミュニケーションが取れるわけだ。それに輪をかけるようにSkypeという便利なツールも出てきた。もはやパソコンひとつでいろんな人とお話出来るわけだ。現実社会で、もし友だちをうまくいかないことがあったとして、それと取って代わるだけのところまでネットは着ているのかもしれない。
 近年の結婚する人が減ってきているのも一人でもネットのおがけでそれほど寂しいことないのも原因の一つなのかもしれない。
どうなんだろうか。
 決してSNSとかニコ動とかSkypeなどのネットに依存すること自体は悪くなはいとは思う。
家でPS3とか一人でゲームしてるのと変わらない。むしろ人とコミュニケーションとろうとしてるだけネットのほうが良いかもしれない。
 しかしながらよく言うネット弁慶とやらになってしまうとやはり良くないことだろう。リアルとネットのバランスはやはり、リアル>ネットでなければならないのだと思う。リアルを充実させるためのツールとしてネットというのが一番正しい気がする。
 やはり、生きていくためには食っていかなければならない。そのためには、やはりリアルのコミュニティに所属して働かなければならない。そうなるとやはりそのコミュニティで楽しくやるのが一番の理想ではないだろうか。だからリアル>ネットでなければならない。
 いやもし、ネットだけで儲かる仕事があったとする。株トレーダーでもなんでもいいが、そうなったときリアルに重きを置く理由はないかもしれない。ふむ。
いわゆるこれが理屈じゃないってやつなのかもしれない。だって生きてる時間のほとんどはパソコンの前にいたっていう人生はやはりどう考えてもつまらないと思う。
もし仮に今宝くじでもなんでもいいけど3億手にしたとしたらどうするだろうか。そしたらやはりそれでも多くの人はネットをやるだろうか。
豪遊するっていったらやはり外に遊びに行くだろう。
もしかしたらネットをやる理由ってもっとシンプルなのかもしれない。
暇だなーなんつってタダだし暇つぶしにネトゲでもやるかーとかそんなもん。
それでなんか知らんが気が狂って周りが見えなくなってネット依存症とかになるのか。
みんなリアルのほうが楽しいって実はわかってるのか。だけど暇だからとかいう理由でネットとかしょーもないなーと思いながらもネットで遊んでるのか。
なるほど解決。
で結局この記事でなにが言いたかったってネットよりもやっぱりリアルのほうが楽しいよねって話。だから気が狂ってツイッターとかに変なこと書かないようにしようね。ツイッターっていうのもあくまでもリアルを楽しくするためのツールということを忘れないようにしようということ。

たまには自分の好きな音楽について

高校生ぐらいの時は通学時間が片道2時間近くあったのでめちゃめちゃ音楽を聞いていたが、大学生の今そんなに聞いてはいない。
が、
それでも好きなアーティストとかの新譜が出るたびにチェックはする。今でもたまにCD買う。
そんなぼくの好きなアーティスト紹介。
阿部真央
20歳ぐらいの女の子でロックな曲が多い。デビュー当初はYUIと椎名林檎を足して2で割った感じとか揶揄されていた。阿部真央の良さは曲に熱があるところだと思う。とにかくアツいかっこ良い曲を書く。聞いていてすごい気持ちが良い。歌詞も一見当たり前のようなことを書いているが、深読みするとすごい共感できるところがある。かつ、かっこ良い声も可愛い声も持ち合わせていてそれも阿部真央の良さだと思う。とにかく阿部真央はアルバム単位で聞いて欲しい!3rdアルバムまで出ているが全部良い。
チャットモンチー
シャングリラで一気に知名度が上がったあのバンド。ぼくもシャングリラで知ってそこから昔のアルバムを聞いて好きになったクチ。これは昔から友だちにもよく言っていたんだが、このえっちゃんこと橋本絵莉子はマジで天才だと思う。桜井和寿に並ぶくらいの天才だと思っている。音楽のセンスが半端じゃない。よくあんなメロディーの曲を書けるなと毎回感心する。チャットモンチーの良さを一言で言うとしたら、他のどのバンドにもない橋本絵莉子の世界を楽しむことができること。それは聞いていて本当に楽しくなる。幸せになる。とにかくチャットモンチーもなんでもいいからアルバムを聞いて欲しい!特に3rdアルバムの「告白」は近年稀に見る最高傑作と言われているからおすすめ!
LOVE PSYCHEDELICO
いや正直英語で何言ってるか分かんないが、ぼくの中で最強お洒落ミュージック。そしてこんな曲を歌いこなしてるKUMIの上手さがすごい。なんつーかニコ動でカバー曲歌ってるけど2009FNS歌謡祭のラブサイケデリコを見て欲しい!他の日本のアーティストとレベルが違う!このラブサイケデリコの良さは伝えるのがムズイ(笑)とにかく聞けば分かる。もはやラブサイケデリコ知ってるだけでお洒落。
Do As Infinity
Do Asはザ・J-POPな感じ。復活してからイマイチとよく言われているが、確かに昔に比べたら多少劣化してるかもしれないという印象はあるが、やはりぼくの中でなんだかんだかっこいい曲を歌うのはDo As。ていうかもはや基本のレベル。あまりにも聞きすぎて「いやDo Asが良いのは当たり前でしょ?」のレベル。伴ちゃんの声のキレというのか他のアーティストにはない独特の爽快感がある。安定してどの曲もいい。曲も歌詞も素晴らしい。
Mr.Children
もはや有名すぎて、ぼくがオススメする意味もないが、やっぱりミスチルはすごくいい。ミスチルの独特の世界観を持っていてその世界に入り込めるかで好き嫌いが分かれるんだと思う。ミスチル嫌いな人もあまり見たことないが、かと言ってがっつりアルバムを全部聞いてる人もそんないない。その差。ミスチルも最近落ちてきたとか言われるけどそんなことはないと思う。最新アルバムのSENSEも個人的にはすごく良いと思う。過去のアルバムと比較しても完成度は高いと思う。やっぱりミスターチルドレン。
他にも宇多田ヒカルとかPerfumeとかも好きだし、マイナーなところだと甲斐名都とかQ;indiviとかも好き!
オススメ!

バルク三回目

金土日とテスト期間が近いにも関わらず、めっちゃくちゃ遊んでしまった。orz.
でもサークルのOBの先輩たちが来たら、遊ぶしかない。
最近自分の中で解決しない問題が多い。どの生き方が正しくてどう生きるのがいいか。いや多分生き方に正しいとかないけど、それを認めてしまうとこんなにいろいろ考えている自分がバカになりそうで嫌だ。だから考えつづけなければならない。
もうこっちの人間になったら戻ることはできない。
Android携帯からの投稿

人が怒るのは自分が正しいを思っているから

腹が立つのと腹が立つ振りをするのは当然違う。
よく人が怒るのは自分が正しいを思っているからというが、まさにその通りで「怒る」という行為はある意味そいつの傲慢(考えの押し付け)であるとも言える。
怒るという行為が正しい場面というのはあるのだろうか。
それはおそらく、本当の意味で他人の事を想って怒る時だろう。
前に書いたかもしれないが、ぼくが小さいころよく親父に「お前のことを想って怒ってんだろうがっ!!!!」とよく怒られた。
そんな時、毎回の事ながら「本当におれの事を想っているんなら怒らないでおれのやりたいようにさせてくれよ」と思ったものだ。
でも今ならその本当の意味が分かるかもしれない。
人間誰でも譲れないところっていうのはある。それは今まで生きてきた経験や自分の信条みたいなものだ。
そしてそれはその人の中で「こうした方がいいかもしれないなー」っていう推測から確固たる確信に変わっていく。
「人生どう生きるか」みたいな一般的に答えのない問に対して、その人の中で確信=答えになっている。
これは、合ってるとか間違ってるとかじゃなくて、なんつーか理屈じゃなくて、、、その価値観をわかってほしいという気持ちは嘘ではない。
確かに価値観の押し付けであるのは変わらないが、その価値観を押し付けることが相手に対する思いやりになる場合もあるのかもしれないってこと。
きっとそれはその人なりのやさしさで、実際その答えが間違っていたとしても、その人の思いやりであることには間違いないわけで、それも理解した上で怒られるのが正しいのかもしれない。
自分もむやみやたらに腹を立てて、怒るのは良くないなと改めて思うのと同時に、そこまで相手を想いやって人のことを怒れる人間になりたいなと少し思ったりもした。