男の愛し方とは如何に。男らしい愛し方とは。なぜこんなにも恋愛とは上手くいかないのか。恋愛だって根本的には人間関係なわけで、男同士ならここまでこじれることもない。もうひとつの疑問としてなぜ将来の伴侶は異性でなければならないのか。確かにTwitter上でよく見るホモでも良いと思う。なぜ結婚は異性でなければならないのか。別に男だって良い。男同士の恋愛ならこんなに恋愛は難しくないんじゃないかと思う。一夫一妻制の存在意義なんて日本国というコミュニティを存続させるということしかないんじゃないか?これまた自殺が良くないという理由と一緒。結局は自分のためだ。自己中心的な考えなんて世の中に蔓延している。それをそれとも知らずにみんなその規律を守っているんだ。クソ食らえ。話がそれた。
今日のテーマは男らしい愛し方とは如何にだ。女はいつだって愛すよりも愛されたいという。ただ言ってしまえば人間だれだってそうだ。男だって愛すよりも愛されたい。なぜ人は愛すよりも愛されたいと思うのか。それは簡単だ。単純にそっちのほうが楽だからだ。だって不安がないもの。人間誰しも誰かに嫌われているんじゃないかとビクビクしている。それなのに、自分を犠牲にして全身全霊で愛すなんてリスキーなことしたくないに決まっている。誰だって愛されてたい。しかしながら、男がそんな愛すよりも愛されたいと言っていると女々しいと言われるだろう。確かに男らしくないと思う。
男らしいとは何ぞ。グーグルで調べてみると、スポーツマンの筋肉バカみたいなやつが男らしいらしい。まぁわからんでもない。頭が良いというよりムッキムキのほうが男らしい気がする。男らしい愛し方とは如何に。ムッキムキで礼儀があって気が使えれば男らしい愛し方でモッテモテになれるのか?結局そーいうことか。おれの持論として女はバカというものがあるが、ここでもまた妙に納得してしまった。てかそんな愛し方が男らしい愛し方なのかよ。ある意味1つの答えかもしれないが、それじゃただバカな女の願望が男らしいになっているだけだ。
本当の意味で恋愛においての男の愛し方とは何ぞ。ここで男同士の付き合い方について考えてみる。男同士はあまり気を使わないっていう一般論があるがまさにそのとおりだと思う。言わずもがな、ただこれを女の子にしてしまう奴はモテない。この男同士の付き合い方はある意味賢い、というか理想の付き合い方だと思う。お互い気を使っていないにも関わらず一緒にいて面白い楽しい心地良い。これが彼女なら最高と自分は思うわけだが、なぜ女には気を使わなければならないのか。まぁ女がそれを求めてるからっていう答え。つまり女のご機嫌取りしてるやつがモテるんだ。そのご機嫌取りが前述した筋肉バカっていう男らしいとかにつながるんだろうけど、それではいけない。もちろんそんな関係長く続かないわな。やはり如何に男同士の付き合い方に近づけるかなんじゃないかと。うまく言葉にできないが。それを意識しつつも女の機嫌をとるやつが一番幸せな恋愛ができるんじゃないかと。
じゃあそれはなんだ?どうすればいいんだ?うーんもっと素敵な答えが出ると思ったけど、『自分の思ったことは素直に主張する』ってところに尽きる気がする。それが良い。女の子が可愛いと思えば可愛いって言い、意味わからんなと思ったら馬鹿じゃねーのって言う。レディファーストとか女の子のために~してあげるっていうのは個人的にはあまり頂けない。当たり前かもしれないが、そーいう関係が意外と見えているようで見えていなかった気がする。ただクソ気に食わんのは、女はバカが故に男に騙される。「レディファーストなんて当たり前じゃん」とかいうバカ男のほうに行く。こちとらそんなクソバカ女なんて願い下げだ!と思うわけだが果たしてそんな考えは通用するのか?男の恋愛とか語っているがそんな考えでそもそも女の子に相手にされるのか?
一つの答えとして、付き合って結婚するまではレディファーストとか言って女の機嫌とって可愛い子を探す。で結婚してからは気なんて使わないで楽しくないかもしれないが一番楽な付き合い方する。そんで別れたら次の子を探す。いやでも離婚はリスクが高すぎるからこの答えは却下。独身で出会い厨して生きるのが一番楽しい人生の気がしてきた。結婚なんてするもんじゃねーだろ。本気で男より女といたほうが面白いって思っている男はいるのか?それただセックスできるからじゃないんかいと本気で思うんだがおれが頭おかしいからか。確かに女でもネタに生きるとか言って面白い奴もいる。女の芸人だっているし。可愛い女の子ほど高飛車でおもんないっていうのは偏見か。うーん、前に考えたことがあるのは、男とは違う楽しさが女にはあるってやつ。女と喋ってて楽しいっていうのは、面白さじゃない。単純に声が可愛いとか顔が可愛いっていう動物に対する想いに近い感情で、話の内容はやはり面白くないんじゃね?っていう結論に達した。
まとめ、結婚はやっぱり前述したように幸せにはなれない。それは結局女がくそ男に騙されるバカだから。ただ女と話すのは楽しい。その面白さじゃない楽しさを感じるために女の子とお話ししたい→風俗または出会い厨が一番楽しいって言う結論で今日は終わり。
月別アーカイブ: 2012年4月
Twitter廃人
まじでなんなんだこのツイッターの利用方法は?自分に対する反応が欲しいのか?ただのかまってちゃんなのか?ただ人より自己顕示欲が強いだけなのか?寂しさを紛らわすためにツイッターを利用して誰かにかまってもらう。そんな文化はやっぱり人間をダメにしてしまう気がしてならない。人とコミュニーケーションをとるのは良い事だと思う。それは間違いないと思うが、やはり本来のあるべきコミュニケーションの形は面と向かって話すことじゃないのか?それともこれは、昔携帯電話が古い世代に受け入れられづらかったのと同様に、10年後は当たり前になっているんだろうか。そう考えると自分が思っているような根暗で家に帰ってすぐにパソコン開いてニヤニヤしてるっていう人間像ではないのかもしれない。確かにそれは極端だが、もっとナチュラルにリビングでメールしてる風にただツイッターをしているというだけなのか。それが楽しい。メールとツイッターの違いとは。ただ世の中の人に広く自分のつぶやきが見られる、またフォロワーというある意味不特定多数人間とリプライを飛ばし会えるという違いでしかないと思う。これはブログという媒体が流行りだした時に似ている。なぜ日記を世間に公開しなければならないのか?今までは日記なんて人に見せるようなもんではなくむしろ自分だけが見るプライベートなものであったはず。しかしながら人間は交換日記という文化もあるように、日記また文章というある種の自己の創造物は他人と共有することに価値を見出してきた。その踏み台があったからかわからないが、比較的簡単に日記というものを不特定多数の人に見られることを許容してしまう人が多いのかもしれない。ただこれもブログという文化は日本だけでしかブームになっていないという意見もある。海外では日記というよりむしろ備忘録的な用途で使われており、日々の出来事なんて記録しない。公開していない。ツイッターも然り。日本人が一番多く利用している。なぜか。多くは国民性という一言で片付けられてしまう。話を最初に戻すとツイッターは人間をダメにしないか?という疑問。ブログなどをOKだからといってツイッタはOKにはならない。余りに用途が違うからだ。ツイッターはまさに呟き。日記のように日々の出来事を記録するものとは一線を画している。こんな文章はツイッターだとくそめんどい。何回も分けなくちゃいけない。あくまでも呟き。やはりツイッターは寂しさを紛らわすツールでしかない。つぶやくことによって誰かに気にかけてほしいという思いがあるのだ。それを文明の発展として良く取るか、人間が弱みにつけこんだサービスと取るか。結論として、やはり依存してしまうのは良くない。それに尽きる。一昔前に携帯依存症やメール依存症という言葉があるように現在ではツイッター依存症という言葉がある。依存してしまうと人は弱くなる。なんでもそうだが、特にツイッターの場合はその効果が大きい。闇雲に呟くのはあまり宜しくないかと。
Twitterより引用
自分がパソコンを好きな理由
パソコンは面白い。最近では多くの人が共感すると思うが、これがどーいうことかについて深く考えたことがなかった。そりゃゲームもできるし、動画だって見れるし、音楽だって聞ける、なんでもできるから面白いんじゃんくらいにしか思ってなかった。就活のときも結構そんなん分かるだろって感じで適当にパソコンはなんでもできて便利でその技術にすごく興味を持ちました的なことを言ってた気がする。もちろんそれも間違いではないと思う。けどなんか違う。今日はパソコンの面白さについて考えたいと思う。
ぼくは始めてパソコンに触ったのは、中学1年生の頃だったと思う。今ではクソと呼ばれるWindows MEだ。当時はそんなの知らないし、関係無いとか思ってたし、とにかくパソコンがきたことにすごくワクワクしてた記憶がある(全然MEも好きだ)。まだ周りの家も持ってる人が少なく、いま思えばなんで親がパソコンなんて買ったのか不思議だ。まぁまだインターネットのダイヤルアップで「ピーコージジジジー」っていってめっちゃ時間が掛かる時代に、自分は何をしてたかっていうとひたすらソフトウェアをインストールしては消してを繰り返していた気がする。なんのソフトかあんまり覚えてないけどふりーむとか言うところからゲームをインストールして遊んだりしたり、メッセンジャーとかをやってた記憶がある。ちょっとして音楽CDとか作ったりしてた気がする。あまりにパソコンが重くなって、一回間違ってオフィスとか全部消しちゃってOSを再インストールしてめっちゃ時間がかかったこともあったな。あんときのOSインストールはCDじゃなくてフロッピーディスクが5枚くらいあって、ちょー時間かかるの。パンパじゃない普通に半日かかった。
あとやっぱりパソコンと切っても切り離せないのはエロ。夜中に親の目を盗んでエロサイトを見てたりもした。一回なんかウィルスかかってわけわかんないことになってたこともあった気がする。そんときに父親がプロバイダに電話して、「画面にポルノ画像が表示されてしまいまして、、、」って言ってたのを今でも覚えてる(笑)そんなこともありつつ、中学2年生の2月くらいにぼくは携帯電話を買ってもらったんだけど、今は当たり前になっているパケホーダイってやつが当時はなくて、親にパケ代がかかってるとめっちゃ怒られるんすよ。でも着メロだってたくさん取りたいし(まだ着うたはない時代)、画像だってたくさん欲しい。でもパケ代かかっちゃうし、どうしようみたいな。そんでぼくは当時パソコン博士と呼ばれていたT君にいろいろ聞いて、SDカード経由でパソコンから通信料がかからず画像を携帯にいれる方法を教えてもらった(パソコンの通信料は定額)。そんでパソコンで画像を探しては携帯にアイドル画像入れまくってたんだけど、これも今はSDに普通に入れても携帯で画像見ることができるけど、当時はリサイズしたりとかリネームっていう作業をしないと携帯で見れなかったんですよ。そのために、いろいろ調べて、リサイズするソフトとかリネームするソフトとか調べて試行錯誤しながら携帯に画像入れまくったりしてた。そんでだんだんパソコンでできることが増えていって、着メロとかもMIDIファイルいじったりしてた。すると着うたっていうものが出てきて、今ではもう使っている人少ないかもしれないけど携帯動画変換君ってやつがあって着うたもmp3とか加工して着うたにできたんですよ。それで友達に~って曲の~のサビの着うた作ってよって言われて作ったりしてた。そのあたりから周りの友達にもあいつはパソコン詳しいぞとか言われていろいろ教えてあげたりして、自分がなんか人に喜んでもらえるのが嬉しいとか感じてたんだと思う。MDとかも流行っててCDコピーとかもしてあげてた気がする。あとサイトとかも作ってた。ちょうどそのころぐらいから多分大学でなんかパソコン学びたいなぁとか思ってたんだと思う。そんで大学受験失敗して、浪人して大学入って論理回路とかわけわかんないことやりつつもプログラミングとかなんとなくできるようになって、いまに至るって感じ。途中ITで起業したいとか漠然と思ったりして、ビジネスに興味を持ってビジネス本とか読みあさってたりした時期もあった。まぁ長くなったけど、そんなこんなでいまに至り、結局なんで自分はパソコンをオモシロイと思ったのかっていう話。
なんでだろうか。自分はなんか知らないけどいつの間にかパソコンに興味持ってて人に喜んでもらったっていうのが大きいのかもしれない。でも、なんでパソコンに興味持ってたんだろうか。中学の時は、ずっと部活やってて忙しかった。でも家ではいつもパソコンしてた気がする。テレビも好きだったからドラマとかもよく見てた。それ以外にあんまり何かにハマった記憶が無い。ミニ四駆とかビーダマンとかヨーヨーもそれなりにやってたベイブレードとか。でもイマイチゲームっていうものにそこまで熱中した記憶が無い。ダビスタとポケモンくらいか。PS2も持ってなかったし、ゲームは友達んちでやるって感じだった。なぜパソコン。人が知らないことを知ることが面白かったのかね。最先端行ってる感じが面白かったのか。
最初に話は戻るが、今パソコンが面白いっていうのは主にコンテンツの面白さのことを言うんだと思う。ネトゲを始め、動画サイト、ユーストやニコ生等のストリーミングサイト、TwitterやSNS。単純にゲームの面白さ、動画サイトは制作物の面白さ、ストリーミングは放送を通じて知らない人と話ができる面白さ、SNSは友達もしくは知らない人といつでもコミュニケーションがとれる面白さ。多分ぼくはパソコンを好きな理由はそうではない。もっとなんつーかパソコンの可能性というかなんでも出来るその汎用性?技術?
もっと抽象的概念的にいうと、自分の思ったことをいろんな方法で表現できることだと思う。自分を表現できるその選択肢がパソコンには多い。こうやってブログも書けるし、SNSで自分の思ったことをつぶやけることもできるし、絵だって描ける(描いたことないけど)、そして実際に自分でプログラミングすればシステムとして自分の思ったことを実現できる。絵だってだから面白い。なんつーかとりあえずパソコン開いていれば、面白そうなことがある気がする。そう思わせるのも、自身の知的欲求を満たしてくれるっていうのもある。
まとめると、
●自分の思ったことを表現できる
●知的欲求を満たしてくれる
っていうのが今のところ思うもの。うーんなんかイマイチしっくりきてない気もする。「とりあえずパソコンを開いていれば面白そうなことがある気がするから」っていう理由が一番しっくりくる。なぜそう思うのか?自分の思ったことを表現できるから?知的欲求を満たしてくれるから?
まぁ単純にディスプレイにこうやって文章書いてブログとしてまとまって表示されているのを見るだけでも面白い。紙に書いている日記よりもスマートに感じる。あのテレビを見て「えっこの箱のなかに人が入ってるの!?」っていう驚きに近いなにかがある気がする。パソコンの場合には常にそれがある。驚きが常にある。Twitterだって最初みたとき「えっなにこれタイムラインってなに?フォローとかいうのしたらリアルタイムでその人が呟いたのが見れるの!?」みたいな。その驚きが欲しいからパソコンが好きなのかもしれない。ソフトウェアによって常にそんな驚きを創ることができるゆえに、その驚きのためにこうやってパソコンを起動させるのかもしれない。
なんかいろいろ昔話だの長いこと書いたけど、
今のところの結論
『パソコンは驚きの連続があるから好き』
就活やめて院進します(´・ω・`)
自分なりに就活頑張ってやっていたんですが、辞めて院進することにしました。結局内定は出ていないので参考にならないと思いますが、自分なりに気づいたことがあったので2年後の自分のためにもここに記録したいと思います。
やめて院進しようと思った理由はいろいろあるんですが、一番は「技術者の端くれとしても自分には語れるだけの経験がなかった」ということです。私は、皆さんも分かるように僕自身知識はなく、研究室でも人に聞いてばっかりです。でも自分なりに就活はいけるような気がしてました。それはきっと自分自身が自信家で、自身のトーク力でなんとか他を圧倒できると思っていたからだと思います。
でもやっぱりというか現実はそんなに甘くはなく、上を見ればすごい人なんてたくさんいた。当たり前といえば当たり前かもしれないんですが、自分のとってはかなりの衝撃で、やるせなくてとても悔しい思いをしていました。まぁそれでも自分なりに一生懸命自己分析とか志望動機とか考えてES出して良い所では最終までいった企業もありました。ただ前述したい通り落ちてしまいました。もうこれはもう本当に辛い。最終面接まで行ってでこっちはその企業に入る気満々だったのに、落とされて絶望しかなかったです。とくかく辛かった。
とは言ってもそんなことは言ってられず、どんどんと他の企業での面接で予定が埋まっていきます。そんな気持ちで面接なんて受けても、、、と言う気持ちで某K社の面接に言ったんですが、そこで自分と他のすごいやつとの決定的な違いに気づきました。それは「夢の具体性」です。僕自身一番の自己分析とは夢を描くことだと思っています。それは将来自分がどうなりたいか、どんなことがしたいか、ひいてはどんな人生を生きたいかです。私の夢というか企業の面接でよく言ってたことは「将来私は今まで誰も作ったことがない未知のサービスを創りたいと考えています!」ということです。全く具体性がない。でも周りもそんなもんだろうって思って自信満々にどこの企業でも言ってました。でもK社を受けていた人は全く違った。「自分のこれまでの成果経験から自分は東京を始めとする都市部でゲームのような情報網をはりつけてもっとユビキタスな社会にしたいんです!」みたいなことを言ってた(あんまり覚えてなくて多分もっとすごいこと言ってた)。なんつーかこう比較すれば当たり前なんだが、圧倒的に自分は劣っていると感じた。ダメだなって感じた。自分の自己PRは「私は好奇心旺盛で高校時代では陸上で関東大会も出ましたし、今までにこんないろんなバイトをしてきましたし、証券研究会というサークルに所属し、自ら株式投資やFX投資もしました!御社では自身の好奇心旺盛っぷりを発揮して未知のサービスを創りたいと考えています!」。まじくそ。だめ。ぼつ。全く意味がわからん。お前の好奇心旺盛さは情報分野以外で発揮してろ、一生いろんなバイト経験してろって感じ。ここが自分と他のすごいやつとの決定的な差。これを感じた瞬間もっと情報系の人間としていろいろ経験しなければと感じた。そうでなければ全く戦えないし、何も語れることができない。
でもここまで言っといてなんですが、もう少し続けていればどっかしらの企業には引っかかったと思うところもあるんです。ただ、それじゃ自分は夢も持たないまま社会に出て、周りの人間に流されて、会社帰りの居酒屋で上司の愚痴をこぼして、次の朝早くからまた出社。これが40年も続くんかぁとか馬鹿みたいなこと、自分勝手な自己中みたいなこと自分は強く感じてしまった。この就活を通じて一番自分がダメだなと思ったことがあるんですがそれは「自分は社会に合わせようともしない、かといって自分のはとくにやりたいこともなかった」ということです。これは、就活するにあたって絶対夢とかやりたいことを持たないといけないってことを言いたいんじゃなくて、どっちかになれってこと。見てる人はわけわからんかもしれないですが、ここは本当に人の考え方によって変わる。よく言う「趣味を仕事にするか否か」っていう話。それが自分はただ趣味を仕事にしたかったっていうだけ。仕事は仕事、趣味は趣味で楽しむっていう人生も良いと思う。そのどっちかは人それぞれだと思う。ただ自分は趣味を仕事にしたいと決めたからには院進したら本当に一生涯続けられることを見つけなければならない。そしてそのためにできることをやり、2年後の就活までには語れるようにならなければと感じている。それがこれからの自分の課題。
就活うまくいってない自分は言うのも良くないが、もし聞いてくれるなら、これから就活する人へ自分が伝えたいこととしては、まず夢を探してみようということ。見つかったらその夢に向かって突き進めば良い。志望動機だって企業によって変えなくてもいい。自分のやりたいことを素直に語ればきっと自分にあった企業に入れると思う。もし夢が一生懸命探して探しに探して見つからなかったとしてもそれはそれで良い。夢なんてないやつがいくら探してもないもんはない。むしろ無理やりひねり出した夢が想像妊娠みたいに膨らんで思い込んでしまう方が恐い。それなら幅広くいろんな業種の企業を見て、少しでも興味持った企業を受けるのが良いと思う。企業分析は念入りにやって、その企業でやりたいことを見つけてそれについて語れればきっとどっかの企業が受け入れてくれると思う。
終始偉そうにこんなところで語ってしまい、申し訳ないがこれが自分が就活やった感想です。ESの書き方やテストの仕方とか面接対策等のテクニックについては直接聞いてもらえたら私の知っていることは教えます!
最後に、まだ就職活動してる研究室の皆さん本当に皆さんにあった企業で内定が出ることを祈っています!頑張ってくださいm(_ _)m
<研究室でのブログの転写>
やりたいこと
ブログに書いたか書いてないか忘れたが、就職をやめて院進することにした。
これもいろんな理由があるが、自分なりに必死に考えて出した答え。
院進するからには、もっと具体的に自分の夢を探そうと思った。
たった今決めた。自分はずっと起業したい起業したいと思っていた。そのある一つの夢を描くことができた。
その一歩として今作ろうとしているサービスがある。とにかくこのサービスは作りたい。