いや、まず最初に断っておくと死にたいとか思っているわけではないのです(笑)
ふとたまに思う。『何で生きているんだろう』『生きる意味ってなんだろう』って。
その答えとして、人は幸せになるために生きているんだとか言うけど、じゃあなんで幸せになるために生まれきたのかを聞きたい。
人間はあまりにも知恵をつけつきだ。その結果、悩んだりしてしまうんだと思う。
花とかは、生きる意味とか考えていない。ただ自然の摂理のなかで、地球というものが生まれて、水っていう資源が生まれて、そしたらなんかたまたま動物とか植物って呼ばれるものが生まれた。
そしたらその中のたまたま人間っていう動物が、知恵をつけた。
そう考えると生きる意味なんてもともとないのかもしれない。
神様がいるとしたら、ただの神様の気まぐれなのかもしれない。
人間が生まれたのも、本当にたまたま。
知恵をつけすぎた人間は、結果いろんなことに疑問を持つようになってしまった。いろんな謎を解くため、物理学が生まれたり、生物学が生まれたりして、その中の一つに哲学っていうものが生まれた。
人間が知恵をつけて、『なんで私たちは生きているんだろう』って思ってしまった。そんで、そのあるかないかもわからない答えを、探していくうちに哲学が生まれた。
哲学ってある意味、人間が生きていることを納得するために生まれたんじゃないかと思う。
もしかしたら、一番最初に哲学をした人は、『生きる意味なんてない』ということわかった上で、生きる意味を考えだしたのかもしれない。自分自身を無理やり納得させるために。
そうやって哲学って言う学問が確立されていって、いろんな説が出てきて、いろんな人たちがいろんな説を信じていって、あたかも生きる意味はこうであるみたいになってきたんじゃないかって思った。
ぼくは、
ただ普通に幸せになりたいとも思う。
その反面幸せになってそれは本当に良いことなのか?と思うこともある。
金持ちになりたいであるとか異性にモテたいとか、結局自分が幸せになるで終わってしまうことに多少の違和感を感じる。みんなが幸せになれるという意味では宗教っていうものも良いと思う。でも幸せになりたいっていうのもただの欲望じゃないか。欲望を満たすことに意味はあるのか?
死んだらなにもかも終わり。
生きてるだけで丸儲け。改めて良い言葉だと思った。
カテゴリー別アーカイブ: 考え事,気づき
お金に興味があるということ
日本の世の中の多くの人はお金の話をしない。
お金の話をするのは下品なことだと言われる。
ぼくは、経済や金融に興味がある。それはなぜか?
難しい。ただ興味がある。理由なんてない。
でもその理由を言わなければならないとしたら、、、
お金持ちになりたいから、お金について知りたい。金銭面で損したり、だまされたりしたくないから。
なぜお金持ちになりたいか?
幸せになりたいから。
お金持ち=幸せか?
いや、そうは思わない。
でも、やはり人生を豊かにするものの一つとして、お金っていうのがあるとはあ思う。
お金について興味がないっていう人は、お金が存在する理由を考えてほしい。
結局資本主義っていうのは、人々が幸せになるためにあると思う。
資本主義は、人を幸せにすることでお金を得られる制度だと思う。
こう考えると、これはきれいごとかもしれないが、お金について考えることは人の幸せについて考えることかもしれない。
この幸せは自分だけの幸せではない、世の中の人の幸せだ。
だからお金についていろいろ知りたいのかもしれない。
お金は人を不幸にも幸せにもする。
お金はあればあったほうが良い。
なくても幸せになれるとも思うが、やはりあればあるだけあったほうが良い。
お金があることで不幸になることはあるかもしれないが、それはごくごく稀だと思う。いやないかもしれない。
それは自分がお金持ちにならないと分からない。
ただいまお金持ちになりたいとおもっているのは事実。
多分お金持ちになったときには、ぼくの人生は次のステージになっていると思う。
成長
ただ何も考えず周りの環境に流されて生きていては、成長できないと思う。
そのように生きているだけでも、ある程度経験になるということは有るかもしれないけど、それでは成長の歩みはあまりにも遅い。
めちゃくちゃ遅い。だけど世の中の大半の人はそのように生きていると思う。
別にそのような生き方を否定しているわけではない。そのような生き方があっても良い。
でもぼくは、もっといろんなこと知って成長したいと純粋に思う。
『勉強は成長だ。知識をつけたり、考えたりしてもそれ自体が幸せを持っているわけではない。
多分それによって成長できたことに幸せを感じるんじゃないか。』
そう思う反面、幸せを感じることは、日常にたくさん転がっていると思う。
勉強することは大変辛いものだと思う。だからこそ日常に転がっている幸せに偏ってしまう。
それが良いか悪いかは分からない。
どちらにせよ、そのバランスをとることが重要だと思うが、バランスをとるのは非常に難しい。バランスを崩してしまうくらいなら、勉強に偏ってしまったほうが良いかもしれないって思った。
勉強はしなければいけないものではないが、やっぱりしたほうが良い。知らないよりは知っていたほうが良い。
結局その先に待っているものっていうのは自分らしくなるっていうことだと思う。
答えはすでに歴史のなかにあるのかもしれん
また-なんかしらんが頭いて-。
夜中になんとなくおもったこと。
ときどき思うことがあるんだけど、
人間が今まで発見したきて生まれた学問であるとか、昔から言い伝えられてきている言葉が自分の中からそれとなしに自然と生まれてきていると感じることがある。
例えば、プラシーボ効果であるとか、時は金なりであるとか、後悔先に立たずであるとかそーいう何か(ある一側面からみただけなのかもしれないけど)真実を言い表わしているようなこととふっと自分の中で思ったり考えたりしてたことの答えが、偶然一致していると思うことがある。
確かに、これは自分の深層心理の中で、勝手に誘導して答えを出しているのかもしれないけどとも思う。
だけどそんなとき、その所謂昔から使い古されてきた言葉の意味や真理っていうのが、ストンと自分のなかで落ちて妙に納得できるというか不思議な感覚になる。
これは正直なんなのか分かんないけど、ある意味自分の人生のあらゆる答えを見つけていっているのかなぁ-。
こういう感覚は大切にしていきたいと思った。
ぼくの性分だからか、、、
んまぁーーーーーーーーー穏やかだと自分では思ってる。
けどたまにむかっとすることもあるわけで、、大抵の場合はまぁまぁ怒っても互いがいやな思いになるだけだしとか思って我慢します。
でもやっぱりあとからそのことを思い出した時、やっぱり怒っといたほうが良かったのかなぁって思うこともある。
実際はそんな冷静に「今は怒るところだ」って判断したうえで怒るっていうわけじゃなくてもっと感情的になってるから怒るんだろうけど。うーんやっぱりそこだよね。怒る人っていうのは冷静になっていないから怒ってしまうのかも。怒る時は冷静になって判断してそれでも「やっぱりここは怒るところだ」と思って怒るのが正しいのかも。いやでもなにか原因があって怒るわけだから意外と冷静に判断してるのかも!?!?よくわからん( ・(ェ)・?)
よく昔親に言われたのが「お前のことを想って叱ってるんだろうよ!」って言われてた。
その当時子供だった頃、「そんな叱るのは僕のためじゃない!」って言ってたけど、
最近改めて考えてもやっぱり「想っているからこそ叱る」っいうのはないなーって思った。
ホントにその人のことを想っているんなら、もっと他の方法でやさしく言い聞かせる(?)ことができるんじゃないかと思ってしまう。
でも実際ぼく自身が親になったことがないから分からないけどね!!!!
そーいや最近バイト先のタメの子ができちゃった結婚した。男のバイト友達なんだけど、それで最近子供が生まれたんだって!!なんかすごい。まさか身近にタメで子供を持つ人ができるなんて、、、
自分と異なった世界にいる人に会うと、そーいう自分が全く想定していなかった話をしたりできるから楽しいし面白い。
結局何が言いたいのか分からなくなってしまったけど、まぁいいか(笑)それも自分らしい(笑)
無い物ねだり平等論
人はどんなに満たされていたとしても、次から次へと欲が出てくる。
人の欲は無限大。
無い物ねだり。
無い物ねだりの意味を調べてみると、
【無い物ねだり】ない物を欲しがること。実現できないことを無理に望むこと。
結局人間っていうのは、自分にないものを欲しがってしまう。すべてを手に入れるのは限りなく不可能にも関わらず。それが欲は無限大と言われる所以だと思う。だからこそどこまで行ってもその欲は完全に満たせないって意味では平等なのかなと思った。
だけど
話はそれちゃうかもしれないけど、
逆に、その欲をコントロールできる人間はすごい。
金欲、性欲、食欲、睡眠欲といろいろな欲があるけど、それらを必要に以上に求めてはいけない。
なぜなら際限がないから。
求めすぎると必ず失敗する。
ある程度のところで満足して、そのエネルギーを他のところに向わせるべき。
そうすることでより良い人生が送れるんじゃないかと思った。
信念を貫くということ
信念ってなんだろうか。
ぼくは、自分の信念を持っているのだろうか。
ぼくは、すべてのことに一つの答えを求めているらしい。
自分がなにをしているのか、なにがしたいのか、自分では分かっているつもりだったけど、本当は分かっていないのかも。
自分自身にうそついて、周りにもごまかして毎日を過ごしてるのかもしれないな-。
こんなこと考えることすら、本当に考えてるのかも疑いたくなる。
ただ悩んでいる自分に酔っているのかも。
誰もがみんな悩んだり迷ったりして生きてるのも分かってるつもり。
悩み苦しんだりする、それ自体が生きることっていう考えも分かる。
自分はなに悩んでいるんだろうか。
自分の中で信念があれば、答えを出せているのかもな-。
自分一人でどんなに客観的に考えて答えをだそうとしてもどこか絶対主観的に考えてる部分がある。
なんでも疑うことは大切だと思っていたが、それは違うかも。
自分の中で絶対な根底となる考え方があったら、すぐに答えはでるのかも。
この世の中には、人間が考えることができる以上のことは起こらない。裏を返せば、人間が考えうるすべての事柄は存在する。
考えの幅をもっと広げたい。
すべての考えを把握したい。
アイドル論(途中)
誰しも人から良く思われたいもの。
しかし自分の良いところばかり主張する人間は嫌われる。
何事もやり過ぎは良くないということか。
グラビアアイドルとかモデルの人は自分自身についてどう思っているかについて良く考える。
人それぞれというのは重々わかっているが、
考えの一つとして、
容姿が端麗であることはもちろん自覚してるという考え。
かなり偏った考えかもしれないが、やはり人から見られる仕事なので女性グラビアとモデルに限定して話すと、(大多数の人から見て)可愛い人とか美人でなければできない職業だと思う。むしろそうでなければ職業として成り立たない。
その本人もそういう職業をやっているわけだから、相対的に自分が可愛いことを自覚してるはず。
しかしそこで自分を(相対的に)可愛いと思っているはずのは考えてみれば周知のはずなのに、口に出したら性格が悪いと言われるのはなぜだろうか。
嫉妬心、嫌み、僻み、いろいろな人間の感情が交差してそういう風になるんだろうが、もう少し深く考えてみたい。
たまに自分を可愛いと自分自身で公言してる人もいる。しかしこういう人は必ず性格悪いと叩かれる。
ぼくは可愛いと自覚してる時点であまり好印象を持てない。
芸能人という職業全般にいえることだが、やはりイメージを大切にする職業だということ。
アイドルは容姿が可愛いか可愛くないというのは二の次で、それより何よりもイメージを大切にしなければならない。
消費者(?)がアイドルに対して求めているものは癒しだ。その癒される対象として、理想の異性の代わりにアイドルを見ているのだ。
だから可愛いと自分で言ってはいけないだと思う。
20歳はやっぱり節目の年なのかもな
同世代の中では、いろんな経験してると思ってたが、全然。
経験が足りない。経験値が足りない。もっといろいろな経験しないとだめだ-。
傲慢さがあってはいけない。周りの環境に感謝する気持ちを。
もっといろいろ経験して、いろいろなことを知らないとだめだ。
きっと世の中は思っている以上にもっともっとシンプルなんだ。
自分に素直でいたい。
人にいい影響を与えられる人になりたい。
人生生きていくなかで、楽しく幸せに生きることより、大切な何かがあるような気がした。
損得勘定
今月お金使いすぎちゃいましたね~。お金あればあるだけ使っちゃう病かもしれないな~。
なんか買うか迷ったとき、いつも明日地球が滅びるかもしれない、もしくは事故って死んじゃうかもしれないと思って買っちゃうんだよね-。大好物は先に食べちゃうタイプ(*^_ ’)
話は変わるんだけど、人って生きているうちに何度となく二者択一の問題にぶち当たる。
そんなときに考えることは、損得についてだ。
どちらの選択をしたほうが自分にとってメリットがあるかということを考える(場合が多いと思う)。
いわゆる損得勘定してるということ。
よく人から
『お前人生損してるよ』
と言われる。昔親にもよく言われてたし、今日も友達から言われた。
しかし、ぼくは『そうかなぁ』と思うくらいで、流していることが多かった。あまり気にもしていない。
ぼくの考え方としては、別に損してもいいや-ぐらいに思っている。お前あほちゃう?と言われるかもしれないが、
ぼくのその言葉の裏で、まぁ金銭的に損してるかもしれないけど自分が幸せになれればいいと思っている。
『人生損してるよ』の言葉は二通りの解釈がある。
まず1つ目は、金銭的に損してる。
2つ目は、人生楽しく生きれていない。
の2通り。
結局、ぼくに『人生損してるよ』っていう人が意味している『損するよ』は、金銭的に損をするよって言っているのであって、決して『人生楽しく生きれてないよ。』の意味ではない。
たとえ金銭的に損する(かもしれない)としても、
ぼくは、自分は楽しい、わくわくする選択をする。
なぜなら、人生楽しく生きたもん勝ちだと思っているから。
多分いろいろな反論があると思う。語弊のないように書いておくと、ここでぼくが言っている「金銭的」というのは、お金、マネーだけではなく、自分の労働力とか財産のことも指す。
そんなんじゃそのうち大失敗するよ、とか言われても関係ない。人生金銭的に得な方ばっかり選んで動いてるやつよりは、よっぽどマシだと、ぼくは思ってる。