世の中には2種類の人間しかいない論(仮)

冬は嫌いじゃない、むしろ好き。
冬はいろいろ考え事が多くなる気がする。
冬に生まれたからか、夏より断然冬派。
寒がりだけど冬のほうが好き。
大学に入って、いろいろな人に会って今まで自分が思っていたことが、少しずつまとまって来た。
前にも書いたかもしれないけど、世の中に2種類の人間がいると思ってる。
『考える人』と『考えない人』。
この明確な境目はわかんないけど、その人を観察してると何となく感じる。
それは勿論勉強ができるできないは関係なくて、
何となく自分が今行動している理由を常に理解しているというか、考えてる人が考える人だと思う。うまく書けないけど、多分その人は目先のことにとらわれていなくて、常に大局的に先のことをアンティペーションしてるんだと思う。あと考える人は、かなり空気が読めて大抵面白いこと、楽しいことが好き。
今までの人生で、多分まだ5人くらいしか出合ってない。
正直ぼくが考えない人と思ってる人は、何かを勘違いしてる。多分その人の中にある大前提である何かが絶対的に正しいと思いこんでいて全く疑っていない。
勉強ができる人や人から頼りにされている人は自分は頭が良いと勘違いしやすい。
例えば、勉強ができる人っていうのは勉強ができる=頭が良いという方程式が成り立っている。あくまでも勉強ができるというのは、科学的には人より記憶力が良いとしか言えない。それをあたかも勉強ができる人は人より優れていると思ってる(無意識に)。人から頼りにされている人の場合、確かにその人はぼくが考える考える人である可能性が高いが、周りの人が考えない人ばかりの場合は別。考えない人の特徴として人に流されやすいというのがある。ただ単純に何か特定のことが人よりできたとしたら、それだけでこの人は頼りになると考えてしまう。その状態に1人でもなるとその周りの人間も流されて、頼りにされる考えない人が生まれてしまう。
そこから考える人になるかもしれないが、大前提を信じたことしかない人がその大前提を覆すのは難しい。なぜなら大抵前提を覆したことない人は、【大前提は正しい、間違いない】という前提を覆したことがないからだ。
実際自分が考える人になれてるかは分からない。だけどそんな人間でいたいとは常に思ってると思う(無意識のうちに思ってると思い込んでるだけかもしれないが)。
どっちがいいかはわからん。
もしかしたら、ぼくが『考えない人』と思ってる人はぼくが考えてることより、もっと高い次元で物事を考えてるのかもしれないし。
実際、人が考えてることなんかわからんし、他人が自分と同じような感じでしゃべったり、考えてるのかすらわからん。自分以外の人間は本当に実在してるのかとか。実は自分しか存在してないのかも、とも思うこともある。
また人生楽しく幸せに生きるには全く関係ないとも思ったりもする。
むしろこんなこと考えること自体マイナスなのかも。あーあたまわりー。

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