『合格体験記』にしようかなと思ったけど、第一志望の夢は打ち砕かれたわけで、なんやかんやで『浪人体験記』
前にも書いたことあるかもしれんけど、
ぼくは中学高校とずっと陸上部に入ってて長距離をやってた。
高校も県内で5本の指に入るくらいの強豪校だった。
本来長距離は、駅伝の全国大会は大体クリスマス辺りの日に行われるために、11、12月の駅伝まで部活を続ける。
もちろん3年生も。
むしろ3年生は、自分が3年生である年の駅伝で全国大会に出るために、1年生のときから頑張っていたと言っても過言ではないと思う。
もちろん強豪校であるぼくの学校の3年生も毎年例外なく、駅伝までみんなで残ってた。
そんな中、ぼくは3年生のとき、受験勉強に専念するために、夏のインターハイにつながる県大会で負けて、そのまま引退した。
駅伝には出なかった。
本当にチームメイトのみんなや顧問の先生に申し訳なかったのを今でも覚えてるし、今思っても本当に申し訳ないことをしたと思ってる。
でも受験終わってからも、チームメイトだった友達が一緒連絡取り合って、遊んだりしてくれるのは本当に感謝してる。顧問の先生にも本当に感謝感謝です。
引退した後は、本当に一生懸命勉強した。朝早く学校行って朝練してる陸上部の人を横目で見ながら勉強した。昼休みには勉強してて、なにこいつ?みたいなことも言われたこともあった。
チームメイトに申し訳ない想いと絶対志望校に合格したいという想いで必死に勉強した。
本当に孤独だったのを覚えてる。
1、2年生のときは部活ばかり一生懸命にやってたから、もともと成績は良くなくて、通知表も2と3ばっかだった。
ましてや、理系なんて積み重ねが重要である英語と数学が出来ないと話にならないわけで、いま思えばかなりむちゃくちゃな勉強してなと思う。
ただひたすら、英語は文法と構文やりまくって、数学はチャートやりまくってた気がする。
でも模試の判定はマーチはずっとEで、日東駒専でもCがやっとだった気がする。
当時のぼくには、勉強しても成績が上がらないわけが分からなかった。
なんで伸びないのか。
勉強時間にしたらかなりやってた。
一回自分のなかで勉強時間を最大まで挑戦して18時間くらいまで行った覚えがある。睡眠時間もギリギリまで削って、起きている時間はず-----—-っと勉強してた。
ま、その生活は3日と続かなかったけど(笑)
浪人してから、自分でいろいろ研究した結果やみくもに時間を増やすだけというのは良くないって分かったんだけどね。
その後もたいして成績が上がらず冬になった。
確か冬ぐらいになっても判定は良くなくて、いく大学さえあるのかみたいな状況で、もうダメかもな-って思ってた。
そんでやっぱりセンターできなくて、センターの次の日学校でセンターリサーチ書くときにも放心状況で、周りがセンターの結果でガヤガヤしてる中、積分計算をしながら本当に悔しかった覚えがある。
そんで結局私立も全滅で、もう本当に自分自身に幻滅して、自分がなにやってるのかも訳分かんない状況になりながらず—-っとただひたすら青チャートやってたのをよく覚えてる。
ちょうど去年の今ごろは1週間くらいふとんの中にぼ-っとしてた。浪人するかどうかも考えたくなくて、ただ落ちたことに対してどういう風に自分は対応すればいいのか分かんなかった。本当に頭の中が真っ白な状況だった。
そんな状態で
教習所の合宿に行き、免許とって、予備校行くことを親にお願いして、4月から晴れて(?)浪人生になった。
いや~思い出すだけでも暗すぎる(笑)
それに合格体験記とかかけ離れた内容になってしまった、、、まさに浪人体験記になったわ(笑)
まぁ受験生の参考にもなれば・・・(いまんとこない)
後編へ続く。