人付き合いとはなんなのか

人付き合いと言ってもいろいろな形がある。友達、彼氏彼女、先輩後輩、身内…など様々ある。
また生きていくうえで誰もが一度は考えるテーマだと思う。
それぞれ人付き合いの形はいろいろある。現代はインターネットの発達で、電話やメールに始まり、SNSやスカイプといった媒体を通して人とのつながりの形が非常に多様化している。
どうように人と付き合うのが正解なのだろう。正解なんてないかもしれない。でもやはり人付き合いのより良い在り方はあるはずたと思う。
ぼくは人付き合いはあまりうまくない方だ。友達と遊んだりしていてもどこか落ち着かない感じがする。仲の良い友達で遊んでいても時々自分がその輪に馴染めているかと気になることがある。そのせいでさらに不安になってせっかくの楽しい時間を楽しめない。そうなってくると友達が本当に仲の良い友達かどうかまで分からなくなって不安になる。また人見知りというのも関係しているかもしれない。人見知りなゆえ、相手の人に対してどこまで踏み込んで話をしていいのかを非常に躊躇する。そんな思いもあってぼくは人付き合いがうまくないと思う。
またに初対面でもいきなりあだ名で名前呼んだりしてとても馴れ馴れしい人がいる。そういうのを嫌いという人もいるが、ぼくとしては人見知りなのでありがたい。そんな人をうらやましいとも思う。たいていその人は明るく場を盛り上げるのがうまい。話もうまく人ひきつける。きっとそんな人付き合いもひとつの形だなと思う。
ぼくイメージでは上の例もあって人付き合いがうまいやつはたいてい彼女持ちだ。やはりそういう人は男女問わず人をひきつけるんだろう。それも尊敬してるひとつの理由かもしれない。
人付き合いがうまい=盛り上げるのがうまいとは反対に、あまり話する量は少ないが一緒にいてなんか楽というかなんとなく楽しいという人もいる。これは、よく言う関係が、浅く広いか深く狭いという違いかもしれない。決して前者を浅い関係だとは思わないが、結婚の相手などは後者のような人の方がうまくいくと思っている。そんな人がたくさんいる人もまた人付き合いがうまいのかもしれない。
なんかいろいろ書いたが、なにが良い人付き合いかはわからない。もしかしたら一生考えるテーマなのかもしれない。でもいま思うことは、地元の友達やいまの大学の友達どちらにせよぼくが社会人になってもずっと長く付き合うような関係にしたいということ。

地震ちょー不謹慎日記

旅行から帰ってくるなり、地震騒動でいろいろ疲れた。
まだテレビで1日中地震速報やってるけど、被災者の方大変そうですが、頑張って乗り越えてほしいですね。
それはそれで置いといて、地震に関しての情報がツイッターやらmixiやらで拡散しててすごい。まぁこんなこと書きたくないですけど、こういろいろ思うことがあるわけですよ。確かに、被災者が可哀想、助けてあげたいと思う気持ちは分かるし、共感もできる。だからといってその気持ちを押しつけてはいけない。そんな地震とかどーでもいいと言っている人がいたとしても非難してはいけないと思う。今回の場合、ツイッターのサーバーの負担とか電力不足やらの問題があって電話はしちゃいけないやら節電はしなくちゃいけないみたいなことを押しつけられすぎている。それはあまりにも感情的な考え方な気がする。またあまりにもそのような考えの人が多すぎる。君は本当に被災者のことを考えてるのか?と聞きたい。あまりにも考えてない人が多すぎる。総理が被災地をヘリコプターで見に行ったなんていうのはその最たる例だ。お前が見に行ったところで何も良いことはない。むしろえらい人が来るとその対応で現場が混乱する。それよりも現場の人たちを信じてすべて任せることが大切だろう。よく考えれば私たちに出来ることは限られていることは誰でもわかると思う。自分にできる限りの寄付やら節電やら車に乗らないようにするぐらいだ。ただそれも協力しようと思う人だけやればいいと思う。電気使いたいやつはどんどん使えばいいし、車乗りたきゃどんどん乗れと言いたい。
ジコチューだけど地震のせいでテレビちょーつまんないし、ツイッターとかmixiとかもツイートで変な持論振りかざしてる人もいる。さらにツイートやmixiだと便乗するやつもいるからより一層うざい。そんな持論どーでもいい。ただお前の持論を押しつけんなよって感じ。そんなに被災者心配なら東北まで食料持って助けにいけよ!
死んだ人もたくさんいるし、未だに消息不明な人もいる。どうにか一人でも多くの人に助かってほしいです。

就職活動の話を聞いて感じたこと思ったこと

なぜかしらんが友達や先輩と就職活動の話をする機会が多い。
いろいろな人からいろんな話を聞いて今ぼくを思ったこと。
就職活動はどことなく大学受験に似てる。普段なにげなく遊んでる友達でも人によって考え方が顕著に表れる。自分と違う意見には、反対したくなるがそれは言うことはできない。その人がその選択をしたのはきっとそれだけの理由があってぼくがなにを言ったところで結局それは人ごとにしか過ぎない。
非常に難しい。
ぼくがどんなに自分の意見を正しいと思っていても、それは一意見でしかない。それを人に押し付けるのは良くない。人それぞれ自分の考えが正しいと思ってそれを行動に移している。それを否定するのは良くない。しかしながら「こーゆう考え方もあるんじゃないの?」と提案
するべきだと思う。きっとそれがその人のことを本当に思いやるということではないかと思う。
就職活動にもいろいろな考え方がある。極端かもしれないが、とにかくどこでもいいから就職したい、または自分の信念は曲げないで就職したい。どれが一番とかはないはず。でも自分が納得できるかが大切なのは変わらないと思う。
大学受験に似ているっていったけど、大学受験以上に就職活動は周りの目が気になる、いや気にしなければならないのかもしれない。大学はどこへ行ってもその結果は目に見えにくい。というのも、良い大学に行く目的はおおよその人が就職のためであるからだ。あくまでも大学は中継地点。言うなれば、就職する企業はひとつのゴール地点だ。親のために安心させるために良い企業に就職したいという意見も多くあるだろう。これは一部を除いて大学受験とは違うと思う。それが大学受験以上に周りの目を気にしてしまうということだと思う。
最近就職生や大学受験生がいろいろなことで取り上げられている。それは、自殺であったり、試験問題流出の問題などである。ぼくがつめたい人間だからかもしれないが、テレビのニュースなどで聞くと、「うわー大変だなー」とか「そんなカンニングとかすんなよ」とやはり人ごとのように感じてしまう。しかし良く考えると、そんな社会環境に対してとても悲しい気持ちに駆られる。結局なんのために就職するって食べていくためである言い換えると生きるためじゃないのか?もちろん、仕事にやりがい生きがいを求めるとかもあると思うけど、一番の理由は、生きるためじゃないのか?
だからといってぼくは生きなければいけないと言う気もないが、なにか悲しい。そんなんなら就職活動なんてしなくていいじゃんと思う。アルバイトでもひとりで生きていく分にには生活できるのに、それほどまでに就職しなければならないっていうそーいう社会環境にうんざりする。こんなこと書いてもただ世間知らずだなー何にも考えてないなーと思われるかもしれないが、もっとなんかあるだろって思う。ちょー楽観的な考えかもしれないが、最悪、適当にかわいい子が働いているバイト先を探して、そこで働いているだけでも十分楽しい人生じゃないのか。死ぬにしてもサラ金とかで借りれるだけ金借りて、キャバクラやら風俗やらで金使いまくって、自己破産してそれでも死にたいと思うんならそれしてから死ねばいいじゃんとか思う。きっとなんかしらあるって。ぼくはきっとそこまで追いこまれたことないからかもしれないが、そんなのん気なことを思う。あーちょーどーでもいーこと書いてすっきり。

アイドル論

今世間はAKB48ブームですね。
ぼくもAKBが好きですが、CDやらポスターやらはなんにも持っていません。唯一持っていると言えばセブンイレブンでお菓子を買って貰ったクリスマス仕様のカードぐらいです。
世界は広いもので同じCDを何十枚も買う熱烈ファンがいるらしい。
なぜ何十枚も買うかというと自分が推しているメンバーと握手するための券をゲットするためだとか。
なるほど。でもその気持ちはわからんでもないです。僕も昔からアイドルが好きでよくあったんですが、
人間なんでものめり込んでくるとフィルターがかかってきて、なんでも都合良く解釈してしまうもんですね。ぼくも中学時代、超絶に若槻千夏にハマっててよく言っていたのが『若槻千夏は絶対性格良い論』に始まり『若槻千夏はオナラしない論』『若槻千夏はウンコしない論』『若槻千夏は処女論』『若槻千夏は乳首ピンク論』『若槻千夏は整形してない論』などのことを本気で思って、周りの友達に熱弁していました。
つまりアイドルは完璧な存在という既成概念があるがゆえに周りが見えなくなることもあるわけです。
ですがぼくも大人になるにつれて冷静になり周りが見えてきましたが、
『若槻千夏は絶対性格良い論』『若槻千夏は処女論』『若槻千夏は乳首ピンク論』『若槻千夏は整形してない論』というのは変わらず本気でそう思っていたんですが、
変わったのが
『若槻千夏のオナラはしない論または若槻千夏のオナラは香水論』
『若槻千夏はウンコしない論または若槻千夏のウンコは食べれる論』
ということ。
百歩譲ったとして仮に若槻千夏がウンコしたとしても、そのウンコは食べれると思っていたわけです。
さすがに今はそんな処女であるとかウンコしないとかは思わないようになりました。
最近はむしろどこを見ても良いように思います。
たとえ処女じゃなかったとしても逆にその子の得意技や四十八手が見たいと、
たとえ整形していたとしても逆にそれだけ努力したんだ努力家だなと、
たとえ乳首が黒かったとしてもそのリスクを背負ってまでグラビアやっているんだなと、
たとえ性格が悪かったとしても、逆にそのツンデレ感いいかもしれないと、
そう思うようになりました。
これみておそらく読んでいる人は結局フィルターがかかっているじゃないか!というかも知れませんが、そこまでくるともう話はアイドルに留まらず、哲学的な話になってきて、
逆に問いたい「世の中に本当に心の底から真っ黒な人はいると思いますか?」と。
仮にいたとしても、そんな悪い人がこのアイドル戦国時代に表舞台に出てこれないんじゃないかと。
またこの話は、AV女優や風俗嬢肯定論にも繋がってくるけど、長くなるので割愛。
詰まるところ、ぼくが言いたいのは男女問わずアイドルって素晴らしい職業だということです。

人生行き詰まりの刻

いや、参ったね。
特に最近面白いことがない。
大学生の長期休暇は暇だ。時間はあるけどお金はない。
この時期になるとやはり大学受験のときを思い出す。あの時はあんなに大学のキャンパスがキラキラと輝いていて、歩いてる大学生もみんな頭良さそうでかつ君に届けの風早君ばりに爽やかに見えたものだが、理想と現実のギャップはおおきかった。
大学生になったからといって何も変わらん。あえて変わったと言えば少し根暗になったかもしれない。
って書いてるだけで気分が落ちてくるわ!(笑)
って少し自分に突っ込んでみるもこのようにすぐ冷静になってしまう。
はてはて。明日でオナ禁10日目。

2011/02/15

今日の天候は晴天。
いつもならばあちゃんが9時半には起こしてくるのだが、今日は10時半に起こされた。
そのまま朝食と昼食を兼ねたご飯を食べ、2時間ほど昼寝。ユニクロの友達から電話。その後、なんとなく身支度を整え、新しく買ったカメラを首に下げ、2時間ほど散歩。その間にスロを打つが9k負ける。家に帰り、また2時間ほど昼寝。夕ご飯のカレーを食べ、風呂に入り、12時就寝。

ブロガーの想い

昨日のブログは、mixiにもコピペしたらウケるとコメントがあったり、こっちでも考え方がおもしろいっていうコメントを頂いたりで好評だった。ありがとうございます、嬉しかったです。
しかしながら、非常に申し訳なく歯痒いが、面白いブログなどそう毎日書けるものではない(笑)
おそらく自然と自分の中で、自分向けと外向けを意識して書き分けていると思った。
昨日のはmixiにも載っけるということで完全に外向けでウケを頂きたいと意識しているところがある。
しかしほとんどの記事は自分向けに書いているんだと思う。自分の頭ん中を整理したり、考えを進めるため思考しつつ書いている。この記事もおそらく自分向け。
そう考えると自分向け記事は他の人が見てもつまらないのかもしれん(笑)
まぁ自分向けの記事は自分のために書いているからいいんです。それでいいんです。
理想は、ぼくが書く度々に見てくれなくても、たまに覗いて面白そうと思う記事だけ読んで気分が良くなったらコメントするっていうようなブログでありたいと思っています。
芸能人みたいに一つの記事に何千ものコメントがある派手なブログも良いと思います。
でもぼくはこのブログを、仕事終わりで家に帰ってきてビールでも飲みながら「ぷは-お、更新してるぞ。今日の記事は面白そうだな-」とかね!、休日の昼下がりに暖かいレモンティーとケーキなんかを食べながら「あら~新しく記事あがってるわ~今日のも面白そうだわ~コメントしちゃおうかしら」っていう感じの暖かいブログにしたいんですよ。
赤ちゃんを見ただけて微笑んでしまうように、このブログを読むだけで心が暖かくなるようなそんなブログ。
高3の夏から書き始めて、浪人時代、大学1年2年を経て、今でちょうど3年10ヶ月くらいかな。これからもどうぞお付き合いよろしくお願いします。

でも長澤まさみと榮倉奈々は好き。

今日はバレンタインだし、久しぶりに日記を書こうって思って朝からわくわくそわそわしていたんですが、誰からもチョコが貰えず、あまりのショックでもう今日は日記書かないしょぼん
と思っていたんですが、
チョコを貰えなかったショックでブログ書かないような心の狭い男だからチョコ貰えないじゃないかと思われるのもシャクなので書きましょう。
と思っていたんですが、
今日はずっと散歩しながらカメラで街並みをとったりして、やっぱり新しいから使い方とか分かんなくていろいろいじったりしてただけの1日だったんで特に書くこともないっていう。
まぁバレンタインだからといって何か特別なことはないですね。結局はお菓子メーカーが庶民からお金を貪るためにできた日で、幸せになれる日ではないわけですよ。確かにチョコ貰って幸せになって゚+。(*′∇`)。+゚っていう人はいるかもしれません。でもこのイベントができたことにより、国民いや世界中の人の幸せの総量は減ってるんじゃないかと思うわけですよ。今総理が最小不幸社会の実現って唱えてますけど、むしろこのバレンタインデーで逆に不幸が増えちゃってるんじゃないかと。そりゃ欲しいものなら幸せは増えるかもしれないけど、所詮チョコ。
チョコを貰える人は大抵彼女がいる人か夫婦ぐらいですよ。でもそんな人たちは貰っても毎年のことかとあんまり有難らない。少なからず年を重ねるにつれて有難さは減っているはず。でもこれは彼氏が悪いとかじゃなく、人間は順応しちゃう生き物だからしょうがない。でも結局チョコにお金を使ったわりに幸せは増えない。
あとはいわゆる義理チョコ。これが一番良くない。何も生まない。むしろ義理チョコを貰った人は義理か~と本命を貰っている人と比べちゃって悲しくなる。
最近は友チョコっていうのがあるけど、バレンタインに限らず友達にチョコくらいって言い方が良くないかもしれんけど、普通にあげますよ。意味分からん。
それでなんにも貰えない人つまりぼくみたいな人が、一番悲しくなるっていう構図。
確かにでも片想いの女の子が男の子にチョコあげることは良いと思います。女の子は気持ちを伝えられたってなんだか嬉しくなって、男の子もそんな気持ちを打ち明けられて嬉しくなる。そんなチョコを媒体として気持ちを伝えるのは良いと思う。でも残念ながらその数はほんの僅か。不幸の総量に比べたら微々たるものです。
結論、バレンタインは良くない。
気にしたら負け、結局喜ぶのはお菓子メーカーだけ。
って思いながら西野カナを聴いてるおれはクソ。

宮崎あおいと北川景子

じいさんがなんでも買ってあげるから言いなさいって言われたから、あれこれ悩んでパソコンがいいかな-とか思ってたんだけど、でも高いから申し訳ないと思い、もうすぐでる3DSとかiPadとかスマフォとか色々考えた結果、最後候補に残ったのが、MacかNEXで悩みに悩んだあげくNEX-5買ってもらった。
NEX-5はカメラでデジカメと一眼レフの間みたいなやつでいわゆるマイクロ一眼って言われるカメラ。
どん!!!!
thanksgiving days to hang out(←旧ときどき日記)-201102132050000.jpgthanksgiving days to hang out(←旧ときどき日記)-201102132050001.jpg
カッチョイイ!北川景子感でてる!いわゆるかっこ良さと可愛さを兼ねそろえてるカワカッコイイっていうやつだね!
ぼくが女子高生だったら『ナニコレ!?ヤバ~イ!』って絶対言ってるレベル。
カメラにしたのはボクなりの理由があって、
って言うのもね、もちろん前から興味あったのもあるけど、、、
最近サークルのHP作ってて、いろいろ本読んだりして勉強してたんだけど、HPにはやはり写真は必要不可欠は言い過ぎだけど、良いHPには必要十分条件っていうことに気付いて、その本とかにも良い素材写真の撮り方とか載っててがぜん写真に興味出てきちゃって、多分学生でHP作ってるやつでそこまでやってる人はいないな-っていうこともあり、それがカメラにした理由の一つで、、
もういっこ理由があって、なんか知らんが最近サークルの写真をよく見返しててめっちゃ盛り上がって、また実家に来てからも自分の小さい頃の写真やら親の結婚式の写真やらが、たっくさん出てきてから見てて、そーゆうことがあって普通に純粋に写真っていいな~すごいな~昔のたった一瞬の絵を切り取っておくだけで、あとから見てあんなに楽しめるもんなのかってしみじみと感じてよし写真とろうと思ったっていうのがもういっこ理由。
いろんなことに興味を持ったほうが良いってじいちゃんも思って買ってくれたんだろう。
いまカメラの電池充電中だけど明日いっぱい写真とろう~♪

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