自己中心的、そして自己満足

何をやるにしても、自分という存在で物事を考える限り、その見方は自己中心的になるだろう。
いわゆる世間一般で言われる自己チューと呼ばれるのは、周りの人のことを考えず自分が良ければ良いという考えのことだ。
もちろん自己チューは人から嫌われる。
嫌われてもいいなら、それはそれでいいと思うが。
自己満足は、自分のなかで満足することをいうが、
自己満足は、自分が満足したいがために人に迷惑をかけることではない。
それは自己チューになるだろう。
誰も自己チューになりたい人はいないと思う。
でも誰しも、世界が自分を中心に動いてほしいと思う気持ちも分かる。
確かに、人の気持ちを他人が本当に理解できるとも思えん。むしろ他人の自己の存在すら疑いたくなる。
だけど人間社会というコミュニティにいる以上、人のことを考えられない人は嫌われる、というより淘汰されていく。
だから人間社会で生きるためにと書くのも、コミュニティで生きなければいけないと押しつけているようで歯痒いが、人の気持ちを考えられなければいけないと思う。
超能力者でもない限り、人の気持ちを悟るのは不可能だ。でも理解してあげようとすることはできる。この理解してあげようとすることが大事。
人は人と話しているときに、言葉面だけ追ってわかった気になってしまう。
また自分の考えを押しつけたいがために人の話に耳を傾けないことがある。
できるだけ人の気持ちを考えれる人になろう。
つまり、自己満足はしてもいいが、自己チューであってはいけない。
どれだけ自己満足はしても良いと思う。でもそれは自己満足だけのために、他人に迷惑をかけていけない。
迷惑をかけないっていうのは、人の気持ちを考えること。

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