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たまには自分の好きな音楽について

高校生ぐらいの時は通学時間が片道2時間近くあったのでめちゃめちゃ音楽を聞いていたが、大学生の今そんなに聞いてはいない。
が、
それでも好きなアーティストとかの新譜が出るたびにチェックはする。今でもたまにCD買う。
そんなぼくの好きなアーティスト紹介。
阿部真央
20歳ぐらいの女の子でロックな曲が多い。デビュー当初はYUIと椎名林檎を足して2で割った感じとか揶揄されていた。阿部真央の良さは曲に熱があるところだと思う。とにかくアツいかっこ良い曲を書く。聞いていてすごい気持ちが良い。歌詞も一見当たり前のようなことを書いているが、深読みするとすごい共感できるところがある。かつ、かっこ良い声も可愛い声も持ち合わせていてそれも阿部真央の良さだと思う。とにかく阿部真央はアルバム単位で聞いて欲しい!3rdアルバムまで出ているが全部良い。
チャットモンチー
シャングリラで一気に知名度が上がったあのバンド。ぼくもシャングリラで知ってそこから昔のアルバムを聞いて好きになったクチ。これは昔から友だちにもよく言っていたんだが、このえっちゃんこと橋本絵莉子はマジで天才だと思う。桜井和寿に並ぶくらいの天才だと思っている。音楽のセンスが半端じゃない。よくあんなメロディーの曲を書けるなと毎回感心する。チャットモンチーの良さを一言で言うとしたら、他のどのバンドにもない橋本絵莉子の世界を楽しむことができること。それは聞いていて本当に楽しくなる。幸せになる。とにかくチャットモンチーもなんでもいいからアルバムを聞いて欲しい!特に3rdアルバムの「告白」は近年稀に見る最高傑作と言われているからおすすめ!
LOVE PSYCHEDELICO
いや正直英語で何言ってるか分かんないが、ぼくの中で最強お洒落ミュージック。そしてこんな曲を歌いこなしてるKUMIの上手さがすごい。なんつーかニコ動でカバー曲歌ってるけど2009FNS歌謡祭のラブサイケデリコを見て欲しい!他の日本のアーティストとレベルが違う!このラブサイケデリコの良さは伝えるのがムズイ(笑)とにかく聞けば分かる。もはやラブサイケデリコ知ってるだけでお洒落。
Do As Infinity
Do Asはザ・J-POPな感じ。復活してからイマイチとよく言われているが、確かに昔に比べたら多少劣化してるかもしれないという印象はあるが、やはりぼくの中でなんだかんだかっこいい曲を歌うのはDo As。ていうかもはや基本のレベル。あまりにも聞きすぎて「いやDo Asが良いのは当たり前でしょ?」のレベル。伴ちゃんの声のキレというのか他のアーティストにはない独特の爽快感がある。安定してどの曲もいい。曲も歌詞も素晴らしい。
Mr.Children
もはや有名すぎて、ぼくがオススメする意味もないが、やっぱりミスチルはすごくいい。ミスチルの独特の世界観を持っていてその世界に入り込めるかで好き嫌いが分かれるんだと思う。ミスチル嫌いな人もあまり見たことないが、かと言ってがっつりアルバムを全部聞いてる人もそんないない。その差。ミスチルも最近落ちてきたとか言われるけどそんなことはないと思う。最新アルバムのSENSEも個人的にはすごく良いと思う。過去のアルバムと比較しても完成度は高いと思う。やっぱりミスターチルドレン。
他にも宇多田ヒカルとかPerfumeとかも好きだし、マイナーなところだと甲斐名都とかQ;indiviとかも好き!
オススメ!

バルク三回目

金土日とテスト期間が近いにも関わらず、めっちゃくちゃ遊んでしまった。orz.
でもサークルのOBの先輩たちが来たら、遊ぶしかない。
最近自分の中で解決しない問題が多い。どの生き方が正しくてどう生きるのがいいか。いや多分生き方に正しいとかないけど、それを認めてしまうとこんなにいろいろ考えている自分がバカになりそうで嫌だ。だから考えつづけなければならない。
もうこっちの人間になったら戻ることはできない。
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人が怒るのは自分が正しいを思っているから

腹が立つのと腹が立つ振りをするのは当然違う。
よく人が怒るのは自分が正しいを思っているからというが、まさにその通りで「怒る」という行為はある意味そいつの傲慢(考えの押し付け)であるとも言える。
怒るという行為が正しい場面というのはあるのだろうか。
それはおそらく、本当の意味で他人の事を想って怒る時だろう。
前に書いたかもしれないが、ぼくが小さいころよく親父に「お前のことを想って怒ってんだろうがっ!!!!」とよく怒られた。
そんな時、毎回の事ながら「本当におれの事を想っているんなら怒らないでおれのやりたいようにさせてくれよ」と思ったものだ。
でも今ならその本当の意味が分かるかもしれない。
人間誰でも譲れないところっていうのはある。それは今まで生きてきた経験や自分の信条みたいなものだ。
そしてそれはその人の中で「こうした方がいいかもしれないなー」っていう推測から確固たる確信に変わっていく。
「人生どう生きるか」みたいな一般的に答えのない問に対して、その人の中で確信=答えになっている。
これは、合ってるとか間違ってるとかじゃなくて、なんつーか理屈じゃなくて、、、その価値観をわかってほしいという気持ちは嘘ではない。
確かに価値観の押し付けであるのは変わらないが、その価値観を押し付けることが相手に対する思いやりになる場合もあるのかもしれないってこと。
きっとそれはその人なりのやさしさで、実際その答えが間違っていたとしても、その人の思いやりであることには間違いないわけで、それも理解した上で怒られるのが正しいのかもしれない。
自分もむやみやたらに腹を立てて、怒るのは良くないなと改めて思うのと同時に、そこまで相手を想いやって人のことを怒れる人間になりたいなと少し思ったりもした。

不安定

自分の中にはきっと確固たる信念みたいなものがあって、それが何かの拍子でポロポロと崩れ落ちたときそれはそれは考えるだけでも恐ろしい。
なにが正解かどうかなんて確かめれば良いだけの話で、自分の答えを探すのはとてつもなく難しい。いや、ある意味では簡単だ。妥協して自分が納得すれば良いだけの話だ。そうであるからして、さらになにが自分にとっての答えなのかを見つけるのは難しい。
何を信じて、何を大切にして、どのような選択をするのがベストなのか。
10年後の自分が見て、どれが正しい選択なんだろう。
後悔せず、納得できる選択を。
周りの評価なんて本当にいらないのだろうか。評価によって変わるものもたくさんあるわけで、その加減を考えるとまた難しい。
こうこーいう事態になったら絶対後悔する状況っていうのは、想像できるわけで、その最悪の事態にならないような選択をするだけではきっと状況は変わらなくて、少しずつでも自分は変わっていかなければ前には進めない。
というわけで今できる最高の選択をしたいわけだが、これを見つけるのはやはりかなりの難題な訳で、どうしたらいいのかわからないというのが素直な感想。
今できることは、時が何もかも解決してくれると信じて今まで通り過ごすことぐらいなのかもしれない。
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さびしん坊

見られて気持ちいいとか
縛られて気持ちいいとか
気が狂ってるとしか思えん
ただ人はいつでも人から愛されてる証が欲しいという気持ちはわからんでもない
人は誰しもかまってちゃんで、一人で生きていくのはしんどい
強がりは、イラン
かまえるだけかまってもらえばよい
我が儘でもいい
きっとその気持ちを理解してくれる人がいる
悩んでない人なんかいない
もしも明日世界が終わるとしたら、人々は何を想うんだろうか

男のたしなみ

最近よく料理をするようになった
しかしながら、自分で作った料理というものは何でもおいしい
すべてが絶品料理
なぜ、こんなにもおいしいだろうか
食事はみんなでするとおいしいというが、ひとりはひとりでまたおいしい。
きっと実際においしいのもあるが、ある意味究極の自己満だからと思う
だからひとりでも外食ではいけない
一つしかないコンロでいかに効率よくおいしい料理を作れるか
このおいしい料理というのは、他の誰でもない自分がおいしいと思えばいいのだ。そんな料理を作る。
食べるときもいただきますの発声も早々に一気に食らう。するとやっぱりおいしい。毎回お店でも出そうかと思うレベル。
そして食事後は、充実感と寂しさというのか虚無感に包まれる
これぞ、また男のたしなみ

恋愛について雑記

「恋愛だって人間同士の関わり合いなんだから、相手を思いやれなきゃうまくいきっこないよ」
↑これマジ名言(NANA4巻参照)
マジでぼくは人の気持ちが分からんのかもしれない。いや、知らんけど。変わってるとよく人に言われることがあるが、確かに変わってるかもしれないとも自分で思わなくもない。変わってると言われるのも嫌いじゃない。
変わっているがゆえに分からないのかもしれないと思う。よく相手の立場になって考えろとかいうけど、相手の立場になって考えても分からない。できるだけ相手の意見や気持ちは理解しようと努めるが、全く分からないときがある。
特にそれが恋愛というか女の子と話してる場合に多い。
よく男と女の考え方は違うという。
またよく理屈っぽい男は嫌われるという。
り‐くつ【理屈/理窟】
1 物事の筋道。道理。「―に合わない」「―どおりに物事が運ぶ」
2 無理につじつまを合わせた論理。こじつけの理論。へりくつ。「―をこねる」
ここでまた言葉の意味を調べてしまうあたり理屈っぽいといわれる理由なのかもしれない、、、orz
ろんり‐てき【論理的】
[形動]
1 論理に関するさま。「―な問題について書かれた本」
2 論理にかなっているさま。きちんと筋道を立てて考えるさま。「―に説明する」「―な頭脳の持ち主」
でもまたここで理屈=へりくつに納得いかなくて、他の言葉も調べてみる、、、orz
なんつーか、ぼくが理屈っぽいせいか冷酷な人間なのか知らんが、よく「恋愛に対して冷めてる」と女の子から言われる。
このように文章として書いてしまうところが冷めてるのかもしれないが、これは自分の考えを纏めるときは文章に書くという性分だからしょうがない。
そして冷めてると聞かれてなんで?って聞くと、「私のこと本当に好きかどうかわからない」みたいなことを言われる。
女の子からすると愛されてると感じないらしい。
ここでぼくがまた悩んで、好きだよ愛してるよと言ってもそれはそれでとってつけたようで嘘っぽいと言われる。
それは分かるのだが、それでは常日頃からそのような言葉を言わなければ女の子は満足しないのだろうか、、、
ぼく的には、そんな言葉を毎日使ってしまっては、その言葉の価値がなくなって、意味が薄れてしまう気がしてならない。
言葉だけでもいいから、愛されてる証拠がほしいとも言うが、、、そんな関係本当に愛し合っているといえるのだろうか、、、
「恋愛だって人間同士の関わり合いなんだから、相手を思いやれなきゃうまくいきっこないよ」
ここでまたこの言葉を思い出す。結局恋愛だって人間同士の関わり合いなんだから、本当に人の気持ちを理解する分かり合うことなんてできないとぼくは思う。
残酷かもしれないが100%相手の気持ちを理解することなんてできない。
如何にその見えない相手の気持ちを、信頼してあげるかがうまくいくための秘訣なんじゃないだろうかと思う。
きっとその信頼関係を築くのはとても時間がかかる。
「恋愛は、熱くなるのがはやければ冷めるのもはやい」というのもその信頼関係が築かれてないからなんじゃないかと思う。
どんなに相手の気持ちが分からなくて不安になったとしても、その不安を取り除くためには時間をかけるしかない。
とぼく(21歳大学生)は思う。ぼくは今すごく恥ずかしい。

大学院生

研究室公開。
院生なんてみんなくそ野郎ばかりで、院にはコミュ障のやつが消去法の選択で行くのかと本気で思うくらい。
と思っていたけど、昨日ある研究室いたらマトモな人もいると分かって少し安心した。
なんつーか就職と院進のどっちが良いなんてわからんもんなんだと思う。
そりゃ誰しも自分の歩んできた道を否定したい奴なんていない。
今回のこの研究室公開で思ったのは、どんな人も自分の歩んできた道について意外とどうやってその選択をしたかを説明できない。てか理由があったとしてもみんな自分のことなのにめっちゃ考えが浅いとおもった。おそらくそうやっても、それなりに生きていくことはできるんだろう。人生をやり過ごしていけるんだろう。
もっと人生の岐路に立たされたときはもっともっとよく考えるべきだ。
考えれば考えるほど、その選択をしたことを後悔する確率は減る。考えれば考えるほど、その選択に自信を持つことができるだろう。
できれば、自分の道を否定するような人の意見を聞きたい。おそらくその人は良く考えていると思う。
ただ忘れてはいけないのは「自信を持つことは、何かを盲目にさせるのかもしれない。」ということ。

日常

グローバル・エリートになって日本の盛衰に関係せずに豊かになっていける日本人は、同世代の1%もいない。だったら、最初からあきらめて、衰退する日本の中で日々小さな幸せを見つけていく、ということが何よりも大切だと思う。明日は今日よりも暗く、貧しくなるのだから。
@kazu_fujisawa ツイッターより引用
今日は、このツイートについて考えたい。
このツイートを見たとき一見めっちゃ暗く残酷なことをいっていると感じたが、きっとそれは違う。
ある種の諦めというか、良い意味で諦めて前向きに生きていくことが大切だという真理な気がした。
当たり前といってしまえばそれまでかもしれないが、実際に頭で分かっていても日々小さな幸せ見つけることを実行するのは難しい。
「前半の豊かになっていける日本人は同世代の1%もいない」というのは経済的なことについて言っているが、お金持ちであるからといって、必ずしも幸せになれるということもない。
お金なんて幸せに直接的な影響を与えるものでもない気がする。自分でいうのもなんだがぼくはあまり物欲がない。だから人一倍強く感じるのかもしれないが、お金によって得られる幸せなんて本当に一時的なものだと感じる。たとえば、PS3とかゲームを買ったとして、もうずっと毎日のようにやっていたとしても、それは心に残るような幸せではない。きっと死ぬときに「あのゲーム面白かったなぁ~おれはあのゲームができて幸せだった」と思うことはないと思う。
きっとお金で買える幸せなんてそんなもんなんじゃないかと思う。
結局、幸せになるためにはお金持ちであっても貧乏であったとしても、日々小さな幸せを見つけていくことが人生において一番良い生き方なのではないか。そのやって生きていけば今日よりも明日が暗く貧しくなったとしても、何も変わることなんてないし、だからこそ日常で幸せを見つけることが大切だと改めて感じた。

久しぶりに

いやいやいや、参りました。
最近日記をぜんぜん更新していなくて申し訳ない。
っていうのも、いろいろ忙しくて書く暇がなかった。
前にも書いたニコ生にいまだにハマッテいまして、そこでスカイプを通して知り合った人と毎日のようにおしゃべりしているっていう。いわゆるネト充というやつですかね。
まぁそれ以外にも学校で研究室配属というものがありまして、授業終わったあとに研究室公開っていって自分の興味のある研究室に足を運ばなくちゃいけないわけでそれまた時間を奪われるわけです。普通に4時とかに授業が終わるじゃないですか。それでそこから研究室公開にそっこーで行くんですけど、ジュースやらおかしやら何やらが出されて院生や教授の方が3回生の僕たちにおもてなしをしてくれるわけですよ。もうそうしたらすぐに帰るわけにも行かず、そこの研究室の研究について熱い話をしてくれるんですが、正直わかんないじゃないっすか。意味不ですよ意味不!3回生ってまだ大学で2年間しかいなくてある程度の知識はあるものの徹夜のテスト勉強で得た薄っぺら~い知識しかないわけですよ。それにもかかわらず、「ぼくたちが研究しているGPUっていうのはね~」とか言われたところでまずGPUっていうものを知らないんですよ。まぁすごく熱心に話してくれるのはすごく嬉しいんですけど、ぼくなんかはただそれに頷いているだけっていう、、、
まぁそんなことがあって、今月に入ってからは忙しかった!またニコ生で出会った人とかもいろいろ面白かったんでまた書きたいと思います。